私たちが人として生きられなくなる時②

こんにちは!

今日は前回の続きを。


皆さんは相田みつをさんの

「皆違って皆いい」

って言葉を1度は聞いたことがあると思います。これがまさに日本国憲法に意味と目的であることをご存じでしょうか??


だから個性的なことも許されるし、違うことは悪いことではなく違ってなんぼ!そうやって他人と比較せずに優劣つけずありのままの自分で生きてこれました。


右にならえ!そうやって左を向いても、罰を与えらえないのは憲法に守られてきたからです。

それが

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。


ここで示されているのですが、今回の草案はこうなります。

第13条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。


となります。ここで重要なのが「個人」→「人」に変わっていること、そして「公益及び公の秩序」という言葉です。

これまでのもの公共の福祉の「公共」とは…

個人が集まり家族ができ、家族が地域を作り社会を作り国を作る。この国が公共であるから、公共とは個人の集合体のこと。その集合体に害が及ぶとNGだよ!というものが現日本国憲法の公共の福祉。

だから個人というものを尊重したうえでこれまでは社会が成り立っていました。


公益性[(public interrest)とは…

不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与すること。社会一般の利益。なのでそれに反するものは批判の対象になる。

個人でなく、誰かの利益が1番になりますのでここは個人よりも「大勢の一人」「ヒトという種族」と捉えた方が抽象的ですが分かりやすいと思います。


ちなみにこの社会というものは日本が今後どいう社会を目指しているか?ということがポイントになります。


サイバネテック・アバター生活

①2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。

②2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を強化できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。


このような技術がすでにトランスヒューマニズムとして全世界で開発されています。思考はすべて可視化されその情報は一旦1つの場所に収集分析され、病気にならない体・なっても不死身な体・身体能力の長けた人間以上の体をゲノム編集技術やAI技術で作っていこうとしております。

こういうことをするにおいて邪魔な存在は「倫理観」そして「人として生きる権利」です。

では人間がトランスヒューマニストとなってどういうメリットがあるのか?そもそも私たちはこそれを望んでいたのか?いったい誰の利益になるのか?


今私たちが幸せと感じられるのは「人としての活動の中で喜怒哀楽があるから」であり「前提として人権があるから」なんです。


この改革後、残っているのは心の空っぽになった「人型の器」。

私たちが私たちでなくなるのは「人権」がなくなった瞬間から始まります。


それが2022年7月です。


今回は第13条のみしかお伝え出来ませんでしたが、少なくとも陰謀論ではなく全世界同じ方向に向かっていること=全体の民主主義化を目指していることも最後に添付して終わりたいと思います。



Humanity+は、健康的な長寿、倫理的に進歩したAI、ナノテクノロジーの開発、開かれた民主主義、そして全人類のより良い未来を提唱する世界組織

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